音楽のパクリについて
増田聡(大阪市立大学准教授・音楽学)
「どこまで似てたらパクリなの?」「パクリとリスペクトの境界ってどこ?」といった(よくある)疑問にはあまり答えられないかもしれません(すみません)。その代わり、われわれが何かを「パクリ」と呼ぶとき「そこで何が起きているか」を美学/芸術哲学の視点からやんわり眺めてみます。
「よく似たメロディ」と「同じメロディ」は「同じ」なのでしょうか? いろんな「よく似た」ポップスを聞き比べながら考えましょう。

Todd Rundgren “Good Viblations” (1976)
The Beach Boys “Good Viblations” (1966)
トッド・ラングレンによるビーチ・ボーイズのカバー。通常、 ポップスではこのような「原曲そっくり」 を目指すカバーは行われない。カバーにおいてはほぼ必ず「 なんらかの(あたらしい)創作」が行われている。
The Jimi Hendrix Experience “Purple Haze”
Kronos Quartet “Purple Haze”
The Shamen “Purple Haze”
「パープル・ヘイズ」の原曲とカバー2つ。ポップ・ ミュージックにおける通常のカバーはこのようなもの。
10cc “I’m not in love”
ザ・ゲロゲリゲゲゲ「I’m Not in Love」(『パンクの鬼』収録)
アルバム曲名表を参照して聴いてください↓
ザ・ゲロゲリゲゲゲによる10ccの「カバー」。 これは実質的にはカバーとは言い難いが、形式的には( 原曲のタイトルが名指され、その「演奏」 として扱われている点で)「カバー」 であると見なさざるをえない( ちなみにJASRACへの著作権料支払いは行われていない)。
ポップ・ミュージックにおけるカバーは、トッド・ ラングレンとゲロゲリゲゲゲのそれを両方の極とする範囲内で、 さまざまなかたちで別作品を参照しつつ「創作」を行い、「 同じ曲の異なる演奏」と称する。カバーとは「 原曲を再び演奏したもの」というより、二つの「違う曲」 の間に構築されるリンク関係と理解する方が適切。
日本で「音楽の剽窃」が争われた裁判例は現時点で二つのみ。
「ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー」事件と「記念樹」 事件
Tony Bennett “Boulevard Of Broken Dreams”
「ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー」事件で「 剽窃された」と訴えがあった原曲( もとは1933年の米映画の主題歌)
石原裕次郎「ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー」( 当日は越路吹雪・歌で聴いた。 YouTubeで聞けないためこちらを挙げておく)
「剽窃した」と訴えられた曲。裁判では原告敗訴、つまり「 この曲は剽窃ではない」という判決がくだった。
「どこまでも行こう」
「記念樹」事件で「剽窃された」と訴えがあった原曲。 ブリジストンのCMソング。
「記念樹」
「記念樹」事件で「剽窃した」とされた曲。こちらでは「ワン・ レイニー〜」事件と異なり原告勝訴。つまりこの曲は「 著作権侵害」とされ現在ではCDは廃盤。
裁判によって「剽窃」とされた曲であるが、「ワン・レイニー〜」 事件の両者と比べて明らかに「こちらは剽窃」と言えるだろうか?
オレンジレンジ「ロコローション」
リリース当初は自作曲だったはずが、 2004年紅白歌合戦の放送ではGerry Goffin & Carole Kingの作詞曲と表記され作曲者クレジットの変更が発覚。 ネット世論や週刊誌で炎上。のちに、ゴフィン& キングの音楽出版社からのクレームでクレジットが変更された事実 が明らかになる。
Little Eva “Loco-motion”
ゴフィン&キングによる「原曲』。しかしそんなに似ていない…( 「ロコローション」のサビ終わりのフレーズが “Loco-motion”のAメロと似ているのみ)
Shampoo ” Trouble”
むしろ全体的な構造としてはこちらが「ロコモーション」 の雛形となっているように感じられる。
音楽的類似性よりも「タイトルの類似性」という文脈が「パクリ」 の認定に影響した一例。
TINY BRADSHAW “THE TRAIN KEPT A-ROLLIN”(1951)
ロック・クラシックの「トレイン・ケプト・ローリン」の原曲。
Johnny Burnette Trio “Train Kept A Rollin'”(1956)
ブラッドショウのバージョンとかなり印象が違うが、 著作権者はブラッドショウ。
The Yardbirds “Train Kept A Rollin'”(1965)
著名なヒット・バージョン。 著作権者はブラッドショウだがバーネットのギターリフを下敷きと したサウンド。
サンハウス「レモンティー」(1975)
日本ロック史初期の「お手本の模倣」。明らかにヤードバーズの「 トレイン・ケプト・ローリン」が下敷きになっているが、 著作権者はサンハウス名義。
音楽的な創作性の継承関係と著作権クレジット(お金の行き先) が別のロジックに属していることがわかる。
Led Zeppelin “The Lemon Song” (1969)
ハードロックの祖であるツェッペリン作曲として当初リリースされ たこの曲も、シカゴブルースの大物であったハウリン・ウルフ( ブルースブームであった当時の英国では著名だった) の曲の剽窃であると非難され、 のちに作曲者クレジットが変更された。
Howlin’ Wolf “Killing Floor” (1964)