Monthly Archives: 1月 2019

牧村憲一・プロフィール

牧村憲一(まきむら・けんいち)/ Kenichi Makimura  音楽プロデューサー
1946年11月3日 東京渋谷生まれ。

早稲田大学在学中にユイ音楽工房の設立に参加する。その後CM制作会社オン・アソシエイツにて、大瀧詠一の『サイダー73』などのCM制作。1975年以降、シュガー・ベイブセンチメンタル・シティ・ロマンスの制作・宣伝に携わり、大貫妙子竹内まりや加藤和彦たちのマネジメント、ディレクションを開始。

資生堂のCMソングを多く手がけ『不思議なピーチパイ』( 竹内まりや)、『お帰りなさい秋のテーマ」』(加藤和彦)、『い・け・な・いルージュマジック』(忌野清志郎坂本龍一)がある。

1984年、細野晴臣が主宰するレーベル“ ノン・スタンダード”に制作担当プロデューサーとして参加後、プロデュースの仕事の基盤をレコード会社に移転、その最初のアーティストがフリッパーズ・ギター。“TRATTORIA”、“WITS”など幅広くレーベルを立ち上げる。

2007年から6年間、昭和音楽大学にて非常勤講師。津田大介氏と『未来型サバイバル音楽論」』、『ニッポン・ポップス・クロニクル』、共著『渋谷音楽図鑑』、『「ヒットソング」の作り方』、坂本龍一監修『コモンズ・スコラ』第16巻「日本の歌謡曲・ポップス」などの書籍を発表。

監修者として『エゴ~加藤和彦、加藤和彦を語る』、『加藤和彦ヨーロッパ3部作リマスターCDボックス』、『大貫妙子 デビュー40周年 アニバーサリーブック』。

レギュラー出演のラジオ InterFM897「music is music」 毎週日曜日23時放送中。
現在、慶應大「現代芸術」講座担当。

世界一謎な映画館?!

Text, photo/video by Masu Masuyama 文・写真・動画:マスヤマコム

タイのバンコクに行ってきた。バンコクといえば、寺院めぐりや水上マーケット、本場のタイ料理というところがツァーの定番だが、今回は「それ以外」をディープに体験してきた。キーワードは「陸続き」。たとえばタイと中国、国境は接していないが非常に近く、香港からバンコクは飛行機でほんの3時間である。(上の動画(映画館?)については、下の方で紹介します)

オーストラリア人カメラマンのNさんに案内してもらったチャイナタウン。夜の表通りが、きらびやかなネオンと雑踏でパワフルに躍動するのに対し、昼の裏通りは、地元民が静かに生活する場所だった。
1月は乾季で雨は少ないのだが、気温は32度くらい。バンコク在住の人によると「これで涼しい方」だそうだ。


バンコクはチャオプラヤー川を中心とした「川の街」。金色を多用した橋のデザインが、チャイナタウンの近く、というのをイメージさせる。

 

バイクから降りてきたばかりの地元のおじさん。プラスチックのサンダルを自分好みに改造。


バンコクでは(というか中国以外のアジアでは)宗教が身近にある。


渋滞とは無縁な裏通り。


置いてあるペットボトルは「お供え物」でストローが付きもの。飲みかけを置くはNGだそう。


裏通りにも、小さい屋台が。



パナソニックではなくナショナル!


ハロウィンとは(多分)関係がない、トゥクトゥク(三輪タクシー)の装飾。


観光客はゼロだが、見ごたえがある寺院。


絵ではなく3D。


日本の寺院とは色彩感覚がまったく異なる
海外でよく思うのだが、日本のノラ猫は栄養がいい。


ひこうき雲


これには驚愕、迷路のような道の奥にある小さい寺院なのだが、なぜか立派なヴィンテージ35mmのプロジェクターがあり、映画を上映している。しかし「観客」はほとんどゼロ。映画の内容は中国のダンスや歴史劇映画など、様々なようだ。案内してくれたNさんは、このプロジェクターやフィルムを保存する活動をしたい、とフィルム上映のオペレーションをしているリーダーらしき人物にタイ語で話しかけていた。Nさん、この場所には何度か来ているが、彼に会ったのは初めてだそうで、上映もいつもしているわけではなく、今日はラッキーだと私に言う。

ここに行った後、バンコク在住のタイ人カメラマンや日本人の映画ライターなどに、この寺のことを話し、動画を見せてみたが、誰も知らなかった(そして全員が場所を知りたがった)。

その「映画館寺院」の隣、というか表側にあるのが肉マン屋さん。手づくりでとても美味しそうだが、Nさんによると、なんとオンラインでオーダーを受け、デリバリーもするという。

チャイナタウンの新しい顔は、デザインやアート。ここは通りがかりで入った、まだ完成していないジュースバーだが、タイ東北地方の伝統的建築物を、室内に再現してある。多分、これがバンコクの先端。

かなり長くなってしまったので、続きはまた書きます。

ゲスト寄稿、山内マリコさん(作家)。

新春スペシャル、マスヤマがInterFMの番組で共演している友人、作家の山内マリコさんにゲスト寄稿してもらいました。お題は「パリ、NY、東京」。メルシー、マリコフ〜!(マスヤマ)


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海外旅行で美術館に行く。

はじめての海外旅行はパリ、2度目はニューヨークだった。いずれも仕事にかこつけて計画した旅で、市内をひたすら歩き回り、他地域には足を伸ばさなかった。そんな局所的な体験でなにを語れるはずもないのだけど、美術館にはちょこちょこ行っているので、少しは比較になるかもしれない。

 美術館は、アートに興味がある人もない人も、「観光客」という存在になったならば、旅の日程に必ず入れ込む定番スポットだ。わたしもとくに美術館めぐりを目的にしていたわけではなく、行き当たりばったりにその日の行動を決めていたのに、美術館にだけは律儀に行っている。

 しかしわざわざ外国に来て美術館に行くというのも、ちょっともったいない感じがしてしまって、なかなか旅程のメインには据えられない。なにしろ美術館という「ハコモノ」に入ってしまうと、肝心の「街」がいっさい見られなくなるわけで……。だけど、美術館それ自体が世界的観光スポットだったりするので、行かないというのも、それはそれでもったいない。結果、すごく中途半端な心持ちでチケットの列に並んでいたりする。

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 いちばん酷かったのはルーブル美術館のときだ。はじめての海外旅行で丸1日を美術館に費やすなんて大博打には出られず、かと言って「ルーブルなんか行かなーい」と無視することもできず、わたしは同行の友達に「一応、行きたいな……」ともじもじしながら告げた。友達はすでにパリ旅行経験者でルーブル来訪歴アリ。彼女、たぶんすごく、行きたくなかったと思うけれど、「せっかくパリまで来たんだから行っておいた方がいいよ」と了承してくれた。しかしここからが地獄だった。

 ルーブル美術館の中庭部分にそびえるガラスのピラミッドを、ずっとただのオブジェだと思っていたけれど、あそこは入口で、長蛇の列が広場にびろーんとのびている。仕方なく列につき、30分以上待たされるうちに、もはやアートを見るようなテンションではなくなってしまった。ようやく中に入ってチケットを買い(15ユーロ/2000円弱)、館内地図を見てその広さと人の多さに絶望。全貌を把握することはあきらめ、「せめてモナ・リザだけは拝みたい」と一点突破の作戦に切り替えた。そして、館内のあちこちに掲示された〈モナ・リザはこっち→〉と書かれた案内標識をたどって目的を遂行(人混みの後ろからチラ見)。「我は『モナ・リザ』を見たなり」という既成事実だけ作るや、もう満足とばかり、踵を返したのだった。結果、本当に『モナ・リザ』を見た記憶しかない。

 それからオルセー美術館にも行った。ここも入館までにだいぶ並ばされたけど(思いつきで行っているので、WEBでチケットの手配などをしていない点がそもそもよくない)、元は駅だったという建物は、ルーブル美術館に比べればよっぽど人間にやさしいサイズ感だし、絵も重厚系じゃなくて印象派あたりのキャッチーな名作ぞろいでとてもよかった。入館料は14ユーロ(約1800円)だが、フランソワ・ポンポンのシロクマを見られただけでも充分もとは取れた。はじめて見る作品でも「こりゃいい絵だ!」と唸らせる逸品ばかりだった。

 さらにはパリ最終日、プチ・パレに寄ってカール・ラーション展に滑り込んだ。規模はだいぶ小さいが、開館直後はチケットを買うのに大行列の上、遅々として進まない。わたしたちの前に並んでいるパリジェンヌもだんだんイラつきだして、「どぉーなっとんのや!?」みたいな文句をしきりに吐く。しかして列が一向にさばかれない原因は、受付のマダムにあった。待たされている人々の殺気をいっさい解さず超マイペースに、客と一言二言にこやかにあいさつを交えながら優雅にチケットを売る受付マダム。このマダムのせいであんなに待たされてたのか! とそのときはムカッときたけど、何気にこれがいちばんパリっぽい体験だったかも。

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 短い滞在でどの美術館に行くべきかは本当に悩むところだけど、ニューヨーク到着翌日、シャレにならない記録的大雪に見舞われてしまい、MOMA(ニューヨーク近代美術館)一択となった。これだけの大雪なら空いてるはず~とほくそ笑みながら、ホテルの目と鼻の先にあるMOMAに朝イチで行ったが、同じことを考えた観光客でそれでもけっこうにぎわっていた。平常時ならどれだけの混雑なんだろうと恐ろしくなる。そしてもっと恐ろしいのはチケット代。なんと驚異の25ドル(約2800円)! 差し出したクレジットカードを思わずひっ込めそうになったわ。

 チケット代の次に印象的だったのはクロークである。コート類は1階で預けないといけなくて、クロークには列ができていた。だがその列が、みるみるうちに捌(は)けていく。クロークといっても、ホテルの宴会場にあるような、カーテンの奥にいちいちスタッフが消えていくようなまどろっこしいのじゃなくて、コート預かり専用の一大システムなのだ。

 MOMAのクロークは、受付カウンターの奥の巨大な空間に、クリーニング屋のような大きなレールが何列も設置され、ハンガーが無数にぶら下がっていた。スタッフが次々に客のコートを受け取り、自動で流れてくるハンガーにてきぱき掛け、スムーズに預り証と交換していく。シンプルだけど大掛かりで、大げさで、実にアメリカ的! ニューヨーク旅行をとおして、わたしはこのクロークのシステムにもっともアメリカを感じた。だって冬場のコート類の一時保管のために、これだけのスペースを確保し、こんな一大システムを作ってしまうんですよ!? なんていうか、物事を合理的に処理することにかけて、目指す高みが違う。クロークシステムの、工業製品的な機能美に魅了されると同時に、プチ・パレの受付マダムとの差にお国柄を感じずにはいられなかった。それから、日本の戦闘機は熟練職人にしか作れないマニアックな設計だったけど、アメリカの戦闘機は誰でも作れるシンプル設計でマリリン・モンローも工場で作ってた、みたいな逸話を思い出した。そういうことだ。とにかく、そういうこと! 

 システマチックなだけでなく、そのクロークは美しかった。天井にはりめぐらされたレールのカーブ、丈夫そうなハンガー。もし日本で同じようなものを作ればここで、百均で調達したピンクとか蛍光ミドリの不揃いなプラスチックハンガーを使ってしまいそう。もしくはスタッフ全員に「家から余っているクリーニング屋のハンガーを持ってきてください」みたいな通達が出されるとか。とにかくああはいかないだろうな。規模的にも、美的にも。

 クロークを全力で褒めてしまったが、MOMAは展示作品も素晴らしかった。実はアンリ・ルソーの『眠るジプシー女』やアンドリュー・ワイエスの『クリスティーナの世界』といった看板作品にたどり着く前に、大雪によって閉館となり追い出されてしまったのだけど(25ドルも払ったのにキィー!)、それでも蔵出し系のコレクション展で見た作品はどれも忘れがたい。「本当におもしろい攻めてる現代アートは全部ここにあるのか……」とひたすら驚嘆だった。ああ、もう一度見たい。

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 で、東京の美術館はというと、どうなんだろう。観光目的でやって来た外国人は、東京で美術館に行っているのか? 街で見かける観光客の数からすると、ハコモノの中で見かける外国人はかなり少ないように思う。トーハク(東京国立博物館)なんて日本の歴史を網羅してもらうのにうってつけのはずだけど、ほとんどの解説文が日本語オンリーでそもそも閉じているし(そして素人には意味不明なほど難解)。江戸推しの象徴である江戸東京博物館も、テーマパーク感が強くてちゃちな印象だった。

 国立の美術館も、外国人目線で見るとあんまり魅力的ではない。竹橋にある東京国立近代美術館の所蔵品は、明治以降に若者たちが、西洋文化を必死に咀嚼して苦心しながら描いた作品と思って見るとすごく泣けるのだけど、西洋人的には鼻で笑っちゃう代物なのかもしれない。ル・コルビュジエの建築が自慢の国立西洋美術館も、ありがたがってるのは日本人だけかも。大人気なはずの浮世絵も、どこにまとまった常設展示があるのかいまいちわからないし。外国人に人気なのは、すみだ北斎美術館や根津美術館、太田記念美術館あたりだそうだけど、ルーブルやMOMAと並べて語るにはちょっと小粒かも。

 文明開化以降の外国コンプレックスとその克服、オリジナリティの模索もそうだし、浮世絵にはじまった逆輸入ブレイク&再評価(そして異常に「日本すごい」と持ち上げる)の流れから考えると、日本人は自国のものを評価して大事にするのが苦手なのかも……と書こうとした瞬間、この文章もまさにその手の自虐だなぁと、放った矢が自分に返ってきてしまった。東京はパリやニューヨークと比較しても見劣りしない、最高にエキサイティングな素晴らしい都市です!

山内マリコ

1980年富山県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒。
2008年「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞し、
2012年『ここは退屈迎えに来て』(2018年10月19日より全国公開) でデビュー。
主な著書に『アズミ・ハルコは行方不明』(2016年映画化)
『さみしくなったら名前を呼んで』『パリ行ったことないの』『かわいい結婚』
『東京23話』 『買い物とわたし お伊勢丹より愛をこめて』『あのこは貴族』
『皿洗いするの、どっち? 目指せ!家庭内男女平等』 『メガネと放蕩娘』 など。
最新刊は『選んだ孤独はよい孤独』
(2018年10月現在)